駄文

徒然草の下位互換です。

浪人の話をするとしよう。(前編)

 

 
浪人。古くは己が地を離れて流浪している人、また主君を失った状態の武士のことを指した。
 
 
そして現代における浪人とは、高校卒業〜大学入学の狭間の無いはずの時空に生きる無職の人間達のことを指す。
 
 
なるほど確かに、彼らは受験戦争を勝ち抜かんとする現代の武士であり、そしてその職に就かず高校にも大学にも属さず居場所を求めて流離う様はさながら原義通りの”浪人”に忠実に従っていると言えよう。
 
 
 
 
そう、あれは何年前だったか。
 
 
東大を志したのは、確か小学校4年生ぐらいの時だっただと思う。
当時は大学と言えば広島大学東京大学しか知らず(地元が広島だったので)、なら日本一だし東京大学にしよう、みたいなそんな軽い理由からだった。
 
 
恐らくその時は自分が世界で一番頭が良いと信じて疑ってなかった時期だったと思う。
俺は世界一だ。なら、世界一たるこの俺に相応しい器は東京大学以外に存在しない。
否、東京大学が俺の器なのではない、俺こそが東京大学を総てやるに相応しい器なのだ。入学してやる、感謝するがいい、と。
 
 
それから特に何をするでもなく年月が経ち高校に入学する。
 
 
高校入学後初の模試、校内で下から何番目とかそういうところに位置していた。
気持ちは中学生のままで、課題はろくにせず、授業の予習もせず、そして教室に存在しても授業も聞かず、テスト勉強というものもせずにテストに突っ込んではクラス最低点を取るような、そんな生徒だった。当然成績も劣悪なものだった。
 
 
しかし自信は全く揺るがなかった。
動かざること山の如し。
根拠の無い自信が自分を支配していた。
 
 
高校3年生の時、4回ほど東大模試を受けた。
 
夏の2回、駿台の東大実戦はE判定、河合の東大オープン模試はD判定。いずれも、最低の判定である。
 
秋の2回、河合の東大オープン模試は夏と同じD判定で駿台の東大実戦もどうせE判定かと思いきや想定外のことが起きる。
 
そう、D判定である。
 
 
 
 
──────────勝った。
 
 
確信した。
 
 
この戦い、俺の勝ちだ。
 
ただでさえ自信がある上に最低以外の判定、”D”が下されたことで慢心はその極みに達する。
 
この時点で脳内では既に勝利のファンファーレが高らかに流れ始めていた。
目を閉じれば瞼の裏には勝ち戦から帰還し凱旋をする自分の姿が映る。
通る道の両脇には湧く民衆。片手を挙げそれに応える俺。
 
 
そう、当時の自分にとって最低以外の判定は全てA判定だったのだ。駿台東大実戦でE判定ではない、D判定をとった、この時点で100%受かると信じて疑わなかった。
 
 
何故かはわからない。わからないが恐らくその根底にあるのは「D判定の時点で一定数自分より下の人間がいる」という思想があったのだと思う。
 
 
そして迎えたセンター当日、39度の熱を出す。
朦朧とする意識の中、追試を受けるか当日受けるか迷った末に解熱剤を飲んで厚着しまくり本試を受けることを決意。
 
 
 
 
無事、死亡した。
 
 
細かい点数は覚えていないが8割ぐらいだったのは記憶している。
 
 
何なのだ、これは。
この世は俺を中心に回っているはずではなかったのか。 
これでは満足に二次試験に臨むことが出来ないどころか足切りの突破すら危ういではないか。
 
 
自身の最強神話が瓦解され、不安がよぎる。
 
 
どうするべきか。どう動くべきなのか。
この後の一手で生死が分かれる。
それまでは理科1類志望だったが流石に危うい。
ここは例年足切り点が最も低く女の子の割合が高い理科2類に志望を変えよう。
そう思い理科2類に願書を出した。
 
 
足切り発表まで戦々恐々とする日々。
東大の公式サイトではその日何人の願書を受理したかを見ることが出来る。
毎日のようにそのサイトを見ては受験生が日々増えていくのを確認し、そして大量に突然死して欲しいと常に思っていた。
 
 
そして迎えた足切り発表日。
 
 
 
 
理科2類………………足切り点無し。
 
 
 
 
 
 
 
 
──────────勝った。
 
 
 
自分が二次試験に臨めること、それは勝利を意味していた。
一応確認してみると、理科1類に出願しているとギリギリ足切りを食らっていた。天才か?俺は。ひょっとすると千里眼持ちなのかもしれない。一体幾つの才能を一身に持てば気が済むのだ、強欲に過ぎるぞこの俺は。
 
 
センターが8割?なあに、それぐらいのハンデぐらいくれてやらないと周りの人間に不公平というものだ。これでも足りないぐらいだ。十分に譲歩してやった結果だ。
 
 
センター8割で東大に受かった人間など見た事も聞いた事も無いが、この俺がその最初の人物となるだけの話よ。何も問題は無い。全てには始まりがあるのだ。
 
 
かの室伏広治は筋肉番付に出演した際、そのあまりにも突出した身体能力を以って2位を大きく突き離し断トツで1位となった。2位以降の選手とは勝負にすらならなかった。以後、室伏広治は筋肉番付を出禁になったという。彼が出演してしまえば、2位決定権となってしまうも同然なのだから。
 
 
 
同じことだ。
この有り余る才能を持て余した俺が受験という土俵に立つ事自体がタブーというものだ。オーバーキル。圧倒的とはこの様を表すために存在する言葉だろう。無慈悲ですらある。
 
 
帝国は活気に満ちていた。そう、D判定を取った時に瞼の裏に映ったあの帝国のことである。
その帝国は政治、戦、司法、治安、民、そのどれを取っても理想の国家であった。盤石とはこのこと。市場は常に賑わい全ての民に富が行き届き皆が満足いく生活を謳歌していた。
 
 
 
 
そして受験当日。東大の正門や正門付近の歩道には大量に人が押し掛けていた。メディアもいた。改めて今日は自分が主人公であることを再確認し、その実力を遺憾なく発揮してしまうことが楽しみで仕方が無かった。
周りの人間が雑魚に見える。ふん、その程度の力量か。得意の千里眼で力量を計る。俺の足元にも及ぶまい。精々励むがよい。
 
 
 
そして受験が終了する。
 
 
 
 
 
 
──────────勝った。
 
 
 
余の完全勝利である。
悠々と宮殿に戻ると合唱隊が凱歌を歌い勝利を祝っていた。
既に宴の準備は始まっている。酒池肉林。
やはり余の手にかかれば受験なんぞこんなものよ。
 
 
そう、ここまで来ると一人称は「余」になるのである。
 
 
最早「俺」ではない。そんな陳腐な一人称なぞ、圧倒的な強者たる余が使うわけがない。
 
 
 
後期や滑り止めなぞ受けるつもりは無かったので合格発表までは悠々自適に過ごした。ヴィクトリーランのようなものだ。
 
 
 
そして合格発表日。ここまで自信が揺らぐことは無かった。
PCを開き発表の正午まで待つ。直前までアニメを見ていたのを覚えている。さて、時間だ。後は自分の受験番号があることを確認するだけの簡単なお仕事。これで広島ともおさらばか寂しいな〜。引っ越しとか入学手続きとか色々忙しくなるな〜。
 
 
ではそろそろ確認するとするか。
 
 
サイトを開く。
 
 
 
さて、俺の番号はどこ─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────
 
 
 
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…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?
 
 
 
 
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?
 
 
 
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………無い?
 
 
 
 
いや、そんなはずは無い。東大は間違えて昨年度の番号を発表してしまったのだろう。時間が経てば訂正され、合格通知がレタックスで届くはずだ。お茶目な奴だ。愛嬌があるではないか。余が愛でてやるに相応しい。
 
 
そう思いつつパソコンの前から離れることが出来なかった。開いては閉じを繰り返し、自分の受験番号を改めて確認してみたりもした。
 
 
 
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なるほど。そういうことか。
どうも自分は本当に不合格らしい。
 
 
 
絶対と言われた余の帝国の終焉はあまりにも突然だった。
阿鼻叫喚の嵐。
臣民は反乱を起こした。血で血を洗うような内戦が繰り広げられ人々は恐怖に怯えた。
飢えた民は糊口を凌ぐ日々。
貨幣制度の崩壊。
機能しない司法。
暴力が物を言う世界に一変していた。
 
 
 
人は、このようにして浪人するのか。
 
 
 
 
 
 
 
 
まあよい。よいだろう。
そういうことなら浪人してやろうではないか。
特にそこまで落ち込むことも無く即立ち直ることが出来たのは努力出来なかったことの裏返しであろう。
 
 
そう、努力が出来た人間はそもそも浪人などしないのだ。
 
 
いいだろう。
底知れぬ自分の能力というのも知りたかったところだ、この先1年でじっくりと自分の能力を計ってやろうではないか。
 
 
 
帝国の再建が始まる─────。